セルフコンパッション~慈愛~

癒しについて

こんにちは。

今日もご覧頂きありがとうございます。

私が心理の学びをしていてとても興味を引かれたものの1つに、「セルフコンパッション」というものがあります。

セルフコンパッションとは、「あるがままを受け入れる」「自分に優しくする」「自分を慈しむ」というような意味です。

自信や自尊心が大切ということも良く聞きますが、私はセルフコンパッションはそれ以上に大切なのではないかと思っています。

特に人と比べて得る自尊心は、自分のあるがままも、他人のあるがままも受け入れられなくなってしまい、常に人より上でないと満たされないものになってしまいます。

そして一時的に自尊心を満たそうとする行為は、その時は気分が良くなっても、後々もっと落ち込んだりさらに自分を追い込んだりするかもしれません。

自信や自尊心も、本来は誰とも比べることのない、元々の尊さを感じるものだと思います。

ですが成長する過程で他人と比べられながら育った私たちにとって、自信も自尊心も、人と競争して勝った時にだけ得られるものになってしまっているのですね。

だから、敗北を感じた時には簡単に自尊心は打ち砕かれ、自信を失います。

では、セルフコンパッションはどうでしょうか?

セルフコンパッション、「あるがままを受け入れる」は、まさに、そのように打ち砕かれた自分をも受け入れるということです。

自分を慈しみ、大切に、大切に思うことです。

そこには、誰かと比べて自分を保とうとする必要はありません。

ポジティブでもネガティブでもなく、ただ、自分をそのまま受け止めるということです。

私もずっと、このセルフコンパッションに取り組んでいます。

私にとってフォーカシングやインナーチャイルドのワークは全て、コンパッション、自分を思いやるために行っています。

自分のあるがままを受け入れられるようになってくると、不思議と自分以外の人もあるがままなんだと思えるようになってきます。

自分の内面に気づき続け、受け入れる選択をし続けることで、他人を簡単に批判することがなくなっていくのですね。

だからと言って、嫌いな人は嫌いなままでいいし、無理やり好きになろうとしなくてもいいです。

また、セルフコンパッションは、自分を「赦す」ことにもつながります。

「赦し」は、「許し」とは違います。

「許し」は、「許可する」「あなたは間違ったけど、ゆるしてあげよう」
という意味で、

「赦し」は、ジャッジをやめること、裁かないこと、手放すことです。

どんな自分も思いやりをもって接する、あるがままを見ることがセルフコンパッション、すなわち赦しなのですね。

自分を裁かず赦せたとしたら、他人も裁くことなく赦せると思います。

目の前の他人はもう一人の自分なのですから。

そうしたら、自分を被害者にして苦しい人生を選ぶこともなくなっていくと、私は考えています。

自分を楽にするために、まず、セルフコンパッション(自分を慈しむ、思いやりをもってあるがままを受け入れる)を意識してみて下さいね。

それでは

今日も最後までご覧頂きありがとうございました。